音声 グローバルメニューへジャンプ
音声 コンテンツへジャンプ

広報みずまき

広報みずまきバックナンバー

広報みずまき

さようなら「平成」ありがとう「平成」

30年前、当時の官房長官であった故小渕恵三さんが掲げた「平成」の二文字から始まった時代が、間もなく終わろうとしています。世界的にもさまざまな変化があった30年間。私たちの住む市町ではどのような出来事や変化があったでしょうか。
本年度の遠賀・中間1市4町合同企画は、新元号を迎えるにあたり改元への理解を深め、平成時代に起こった印象的な出来事を年表と写真で振り返ります。

元号が変わる

生前退位の意向を示した天皇陛下。その希望に沿う形で平成31年4月30日をもって平成が終わり、5月1日から新元号になることが平成29年12月1日に開かれた皇室会議で決定しました。

平成の始まり

元号が昭和から平成に変わったときは、昭和天皇崩御の報道とともに新しい元号の発表となり、衝撃的で印象深い平成時代の幕開けを迎えた人も多かったことでしょう。

昭和64(1989)年1月7日、当時の皇太子明仁親王が125代天皇として即位し、元号法に基づき改元の政令が出され、1月8日に平成時代が始まりました。

平成の由来は「史記」五帝本紀の「内平外成」、「書経」大禹謨の「地平天成」からで、「国の内外、天地とも平和が達成される」という意味だと、発表時に小渕官房長官が明らかにしました。

日本書紀によると、元号が使われ始めたのは大化(645年)からで、平成は247番目でした。

元号決定の手順

候補名の考案は、内閣総理大臣に選ばれた有識者たちが行います。それぞれが提出した2~5個の候補名を内閣官房長官らが整理し、原案の選定を行います。選ばれた候補名は、全閣僚会議と衆参両院正副議長の意見聴取を踏まえ決定します。

平成のほかに「修文」と「正化」の案がありましたが、当時の内閣内政審議室長であった的場順三さんが明治以降の元号をアルファベットの頭文字で並べ、「MTSの後はHが据わりが良いでしょう」と述べたことが決め手となり、全員一致で平成に決まったと伝えられています。

元号の考案には次のような留意事項があります。

  1. 国民の理想としてふさわしいような良い意味を持つものであること
  2. 漢字2字であること
  3. 書きやすいこと
  4. 読みやすいこと
  5. これまでに元号、または贈り名として用いられたものでないこと
  6. 俗用されていないこと
    ※人名・地名・商品名・企業名などは 不可。

新元号の発表と改元

1月4日、安倍晋三首相は新元号に関して「国民生活への影響を最小限に抑える観点から、先立って4月1日に発表する」と表明しました。4月1日に改元政令を閣議決定後、天皇陛下が公布し、新天皇即位と同時に改元となるそうです。

間もなく迎える新たな時代。皆さんも新元号を考えてみてはいかがですか。

 

携帯電話の驚くべき進化を見てみよう!

昭和60(1985)年~平成初期、肩掛けベルトがついた通信端末「ショルダーフォン」のレンタルが開始。重さ約3kg。庶民には高嶺の花だった。

平成3年、携帯電話の軽量化が進んだが、より手頃なポケベル(文字通信のみ)の方が普及し、女子高校生のコミュニケーションツールとして発展。

平成7年、低料金のPHSが販売され利用者が一気に増加。平成9年、メール送信サービス開始。平成11年、インターネットの閲覧や写真撮影が可能になった。

平成14年、写真付きメールや着信メロディなどのサービスが開始。平成15年には動画もメールで送信できるようになった。

平成17年、テレビ放送を見ることができるワンセグチューナー搭載の端末が発売。端末で買い物ができるシステムなども誕生した。

平成20年、アップル社からタッチパネルで操作する初代iPhoneが発表され、日本でも販売開始。Andorid端末も含めスマートフォンの性能は年々進化中!

 

 

キャラクターたちの座談会

平成生まれの1市4町のキャラクターたちが、地元ネタを中心に振り返ります。

 

  • 平成時代はみんなと楽しんだ地元の祭りが印象深いちゃろ。町も心もピンクに染まるコスモスまつりは平成12年からちゃろ。
  • まつり岡垣は平成3年からだよ。
  • 祭りあしやは平成22年からっちゃ。
  • 遠賀町夏まつりは昭和時代から始まったよ。
  • なんと、中間市は筑前中間やっちゃれ祭をもう40回もやったぬん。
  • みんな、町の人たちと盛り上がる祭りが好きちゃろ。
  • 盛り上がるといえば、スポーツもいろいろあったぬん。
  • 遠賀町にはオリンピックで銀メダルを取った競泳選手がいるよ。あの時の祝賀パレードはすごかったなあ。
  • 岡垣町にはオリンピックに2回出たバドミントン選手がいるよ。
  • 芦屋町にもオリンピックに2回出たバレーボール選手がおるっちゃ。
  • 中間市の希望が丘高校にも、卓球界で活躍している選手がいるぬん。
  • 来年開催される東京オリンピックでメダルを取ってくれると期待するちゃろ。
  • メダルってなぜかみんな、かじるよね。
  • かじるって聞いたら、なんだかおなかがすいてきたっちゃ。何かおいしいものない?
  • 平成29年に水巻町でブランド化された「でかにんにく」はどうちゃろ?
  • 中間市でしか栽培していない「幻の枝豆」がお勧めだぬん。平成13年から枝豆狩りを始めたぬん。
  • おかずがいっぱいあると、ご飯が欲しくなるっちゃ。
  • ご飯なら、遠賀町特産のブランド米「夢れんげ」!安心安全の米を平成24年から販売しているよ。
  • ご飯のあとはデザートだね。岡垣町には甘くておいしいフルーツがたくさんあるよ。
  • 芦屋町特産の「あしやんいか」も「さわら」も甘いっちゃ!
  • 「甘~~い」って言葉、はやったね。
  • 流行語も時代の象徴だけど、平成時代は情報の発信方法が格段に増えたよね。
  • 水巻町は町の総合計画を「水巻未来図鑑」という絵本にして話題になったちゃろ。
  • 中間市もWEB4コマ漫画「ケンちゃんと愉快ななかまたち」で時代に挑戦中ぬん。
  • どこの市町もインターネットで地域の情報を世界に発信できるようになったよね。

 

7年 芦屋

よみがえれ、茶釜の名品。芦屋釜の里開園

芦屋釜の里開園

芦屋釜の里は、芦屋釜の復興を目的として平成7年5月に開園しました。芦屋釜とは、室町時代を中心に芦屋津金屋(現在の芦屋町中ノ浜付近)で作られていた鉄製の茶の湯釜で、名品として名をはせました。その製作は江戸時代初期頃に途絶えますが、現代でも評価は高く、国指定重要文化財の茶の湯釜9点のうち、8点を芦屋釜が占めています。芦屋釜の里では残された芦屋釜の調査と、鋳物師の養成を行っています。16年間の養成期間を経て平成25年度に1人が独立。2021年度にもう1人が独立する予定です。芦屋釜の製作が途絶えておよそ400年。平成の世に、現代の芦屋釜が復活しています。

8年 中間

なかまハーモニーホール開館

なかまハーモニーホール開館

中間市民の芸術・文化活動の拠点としてなかまハーモニーホールが誕生。落成式には、中間市出身の大スターである俳優・高倉健さんとプロ野球監督・仰木彬さんが駆けつけました。高倉さんは「健さん」の愛称で愛された日本を代表する俳優。仰木さんは、選手として西鉄ライオンズの黄金期を支え、引退後は野茂英雄、イチローなど名選手を育てた球界を代表する名監督となりました。

なかまハーモニーホールは、今も芸術・文化に限らず、市民が集い楽しむ場として活用され、親しまれています。

9年 共通

広報紙に1市4町合同企画が誕生

広報紙に1市4町合同企画が誕生

3月発行の各市町の広報紙に「ぶらり、見どころ 市町散歩」を掲載しました。身近な市や町のことでも意外と知らないことが多いと感じていた当時の広報担当者たちが、互いの広報紙に共通テーマの特集を掲載することで、近隣の市町の情報をより広く、より深くお知らせすることができると考えスタートしました。また、合同で作成する中で互いの編集技術や表現方法を学び、住民にとって読みやすく、伝わりやすい広報紙づくりを目指すことも合同企画の目的の一つです。今号の企画が23回目となり、今も広報担当者の手により続いています。

10年 水巻

みどりんぱぁーく完成

みどりんぱぁーく

水巻町で一番大きな公園「みどりんぱぁーく」。この名前は公募で決定しました。町内外から多くの人が訪れるこの公園は広々とした芝生公園や健康遊具、乳幼児専用の遊び場などが充実。幅広い年代の人が楽しむことができる町の人気スポットです。

平成12年からは、毎年秋のコスモス開花時期に合わせて開催されるコスモスまつりの会場としても使用され、多くの人が訪れています。コスモスまつりは、2019年度に記念すべき20回目を迎えます。

11年 遠賀

水上の熱い戦い「おんがレガッタ」が始まる

おんがレガッタ

豊かな自然と触れ合いながら、健やかな心と体を育むため、「おんがレガッタ」を開催しました。会場となった遠賀川漕艇場は平成2年に「とびうめ国体」が開催された場所でした。その後も長く町民に愛され続けたレガッタは、平成30年に第20回記念大会を迎え、町内外から多くの参加者が集う人気イベントとなっています。(写真左:第1回、右:第20回)

12年 水巻

水巻町図書館・歴史資料館開館

水巻町図書館・歴史資料館

水巻町図書館・歴史資料館はコミュニケーションと情報発信の場として開館。施設の延床面積は図書館と歴史資料館を合わせて約3,600平方メートルで、蔵書は16万冊にも及び、建設当時は県内でも有数の規模でした。施設のランドマークは町と友好関係にあるオランダのノールドオーストポルダー市のシンボルである時計台のレプリカ。また、館内には畳の部屋やビデオの視聴スペースなどがあり、当時の図書館では革新的なデザインでした。

平成29年度の来館者数は一日平均634人で、町内者だけでなく町外の人にも多く利用される町随一の人気施設となっています。

17年 共通

福岡県西方沖地震発生

福岡県西方沖地震発生

平成17年3月20日、午前10時53分に玄界灘で、マグニチュード7.0、最大震度6弱を記録した地震が発生。遠賀郡・中間市でも最大震度5を記録、大きな揺れを感じるものでした。その後、平成23年には平成最大の災害となった東日本大震災が発生。震度7の地震・津波・原発事故は、日本中に深い悲しみをもたらしました。記憶に新しい平成28年には震度7を記録した熊本地震が発生。崩壊した熊本城の天守閣などの被害状況を目にした人も多いのではないでしょうか。

(写真:県砂防課ホームページより玄界島の急な斜面での表層崩壊)

19年 岡垣

地下水「大地の水」の提供を開始

地下水「大地の水」

岡垣町には水源が6か所、井戸が14本あり、水道水の85%を地下水が占めています。中でも有数の取水量を誇るのは八反田水源。この水源の水を多くの人に親しんでもらおうと、八反田水源の横(岡垣町浄水場の向かい)に自動給水機を設け、「大地の水」として提供を始めました。

平成28年には、九州大学などと共同で地下水を研究。町の地下水は、50~150年の年月をかけて生まれたミネラルたっぷりの硬水で、ヨーロッパに多い水質であることが分かっています。

■施設利用料 20リットル100円 ※要容器
■利用時間 午前7時~午後8時

24年 遠賀

オリンピックメダリスト 鈴木聡美さん 凱旋パレード

鈴木聡美さん 凱旋パレード

平成24年は、遠賀町民にとって熱い夏となりました。

ロンドンオリンピックで女子競泳初となる3つのメダルを獲得した鈴木聡美さんは遠賀町の出身。町全体が聡美フィーバーとなり、大変盛り上がりました。10月に行われた遠賀町凱旋パレードでは、銀メダルを首にかけ、約8,000人の観客に笑顔で手を振り、遠賀町で第1号となる町民栄誉賞を受賞しました。2020年の東京オリンピックでも活躍が期待されます。

26年 芦屋

芦屋の砂浜に巨大砂像が出現。あしや砂像展復活!

あしや砂像展復活

平成7年に観光資源として始まった「砂浜の美術展」。平成9年には、最大約25万5,000人の来場者が訪れるほどのイベントへと成長しました。台風到来やさまざまな事情により平成17年を最後に休止。

その後、砂像は町の大切な資源だという思いから、平成26年に「あしや砂像展」として復活しました。平成27年からは海外のプロ砂像彫刻家を招き、毎年新しいテーマに沿ったクオリティの高い大型砂像を制作。平成30年の平成最後の砂像展では、復活後最高となる4万5,000人が来場しました。

27年 中間

遠賀川水源地ポンプ室が世界文化遺産に

遠賀川水源地ポンプ室

日本の産業近代化を支えた八幡製鐵所へ遠賀川の水を送る施設として明治43(1910)年に操業し、今も稼働し続けている赤レンガ造りの建物です。世界に特筆すべき重工業分野での急速な発展を示す施設という点が評価され、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産の一つとしてユネスコ世界文化遺産に登録されました。眺望スペースには県屋外広告景観賞を受賞した個性的なデザインのベンチがあり、歴史ある建物と調和がとれた風景を楽しむことができます。(筑豊電気鉄道「希望が丘高校前駅」から徒歩約10分、JR「筑前垣生駅」から徒歩約20分)

29年 岡垣

宇宙に小惑星「Okagakimachi」誕生

Okagakimachi

波津海岸では、ひしゃく状の北斗七星が水平線の水をくんでいるような「北斗の水くみ」を見ることができます。これは北緯33度~34度に位置し、北に水平線がある場所でしか見られないもので、波津海岸は世界でも数少ない観望スポットとなっています。

平成29年4月、「北斗の水くみ」が見られる岡垣町のことを知った天文家などの働きかけにより、小惑星(15316)が「Okagakimachi」と命名されました。肉眼で見ることはできませんが、この宇宙に「岡垣町」という名の星があることに大きなロマンを感じます。

企画課 広報係 電話(代表)093-201-4321

担当部署にメールで問い合わせる

質問内容
返信

メールの返信希望の場合は入力してください。

※必須メールアドレス (半角英数字)
※必須名前
住所
電話番号

↑ページの先頭へ